|
LEXUS AMAZING Trip 1Day Trip キャンペーンの話、 まだupしてませんでした レクサスのお店で、カタログをもらい 愛知県、岐阜県、三重県、滋賀県に点在するランチとアクティビティ この中から一つずつ選ぶ・・・と。 こんな感じ。 ウチが選んだんは、滋賀県長浜市。
このふじ石亭は、ヤンマーの創業者さんの別邸だったんだって。 350坪の敷地に残された築百年以上の日本建築と、 富士山から運ばれた溶岩で造られた豪壮な庭 お庭が岩、岩してたんは、富士山の溶岩やったんですねー。 素晴らしいお食事は シャガール(本物)や 棟方志功の絵(本物)を独り占め(二人占め?)できる 何とも「・・・。」な豪華さでした。 そして、黒壁の街を散策・・・ 「え?また・・・?」 いつかは「功名が辻」、いつかは「江」 そして今年も抜かりなく・・官兵衛。 さ・す・が、歴史ある近江の国だ(* - -)ノ せんねん灸でお灸体験のあとは 黒壁で吹きガラス体験! キレイかったー。 はい、後日送られてきた完成品♪ 楽しかったけれど、作られたスケジュールも、思い入れのない車も 期待ほど盛り上がりませんでした。 ただ・・長浜と言えば。 海洋堂のレポはまた、後日。
|
全体表示
[ リスト | 詳細 ]
|
岐阜県と長野県の県境に近い、岐阜県恵那市 山深いここにある岩村城は、三大山城の一つ。 由緒ある、とてもとても古い時代からあった城。 美濃遠山氏は、分かれ分かれて遠山の金さんにまで行き着きます。 標高717mに築かれたお城は 江戸諸藩の府城の中でも最も高い所に建つお城だったそうです。 戦国時代に起こった、悲哀の女城主のお話。 名はおつやの方。織田信長の叔母で美しい人であったとか。 織田方と武田方の境目のこのお城。 織田(信長)方でありながら、家臣・領民のために武田(信玄)方の武将と結婚するも 信長の怒りはおさまらず、 最後はだまし討ちのかたちで、逆さ磔の刑にされたとか。 信長サマの非道伝説の一つデス。 三大山城のひとつ、岩村城の全容。 なだらかなれども30分の山登りが、今まで巾着が来なかった理由。 うんちくはさておき、 初夏の岩村城の雰囲気が伝わる、ジオラマモードで 登城トレッキングをお楽しみください ゴーーーール!! 信長サマも、本能寺の変の80日前に泊まられたとか。 軽く山を登った後の帰り道に見た 田園風景、キレイかったー。 さぁ、お風呂お風呂♪ 岩村城址、すごくいいトコでした。 いつか紅葉の時季に来てみたいなぁ・・・ |
|
吉良サマ巡りの西尾市旅行 最初に行った場所を、やっとupできます しばらくブログが出来ず、ご心配して下さった方もあり・・ ありがとうございます(^-^)
愛知県の三河エリアにある二大スカイラインの一つ「三ヶ根山スカイライン」 その途中にありました みなさんは、ご存知ですか? 愛知県民の私でも、知ったのは最近でした。 殉国七士とは 東京裁判の判決によって、死刑執行されたA級戦犯の7名 遺族への引き渡しも叶わず、盗み出す格好で唯一残された遺骨。 胸が痛みます。 東條英機サマは、私も知ってます。 何故ここに、A級戦犯の骨が眠っているのか? ものすごく立派なお墓でした お湯のみが七つ。 もちろん心を込めて合掌デス 他にもこんな・・ もっと他の場所にもこんな・・ 三ヶ根山は戦争でお亡くなりになられた方々の 慰霊の山になりつつあるのかな こんな物もありました このエンジンは、当地の漁船が航海中に綱にかかり拾い上げたものです 平成22年に、このエンジンを調査したチームから連絡があり 旧日本軍の三菱製四式重爆撃機「飛龍」に搭載していた 空冷複列星型18気筒エンジンであることが判明しました 戦後六十余年、まだ日本軍、米軍の航空機の残骸が海中に没していることと思われます。 日本軍、米軍を問わず戦死者のご冥福をお祈り申し上げます。 心からのご冥福と、 現在私たちが平和にある、感謝の気持ちでいっぱいになりながら 三ヶ根山の中腹のホテルでランチ こちらに殉国七士の墓の一節があります いやー・・・このお姉さまと出かけると、 歴史巡りと浅見光彦巡りを兼ねる旅になり、楽しいデス♪ |
|
「承久の乱後、足利義氏が三河国の守護に任じられた 義氏が吉良荘にちなんで吉良氏を名乗った 今川荘は長氏が少年時代に義氏から 装束料として贈られた地で 長氏は次男の国氏に伝えた 国氏は今川荘の地名にちなんで今川氏を名乗ったことが 今川氏の発祥と伝えられる」 今川家と言えば、駿河(静岡)のイメージだけど 「織田、豊臣、徳川だけでなく、今川も愛知県出身」のようです。 のちに駿河に移り住み、大名として活躍したのが 私たち戦国時代ファンの知る「今川家」なんですねー。 車がすれ違えないほどの道なので、車からパチリ。合掌。
愛知県西尾市と言えば、抹茶。 茶道の抹茶を、アイスクリームなど加工食品に用いた先駆けで 今や、全国1、2を争うシェアを占めるそうです。 今回はカテキン堂さんへ行ってみました♪ 昔、郵便局だったという建物に B級な抹茶スイーツを置いてます 友人が注文したんは、抹茶の大判焼きの上が こんなコトになってるやつ(名前忘れた) あんこNGな私は、カスタードの大判焼き かーわいー( ≧∇≦) めっさウマイ! 抹茶のほろ苦さと、甘すぎないカスタードクリームが最高! でもやっぱり、抹茶ソフトも食べたくて ミニ抹茶ソフトも注文、100円♪ おみやげは、有名抹茶屋さんの「あいや」さんへ こちらは、何か買うとお抹茶出してもらえますo(^-^)o 抹茶に抹茶スイーツ、おいしいですよね。 「今度は血が緑色になるくらい、抹茶めぐりしよう」と、誓い合いました
|
忠臣蔵で有名な吉良上野介サマは 三河国、現在の愛知県(西尾市)吉良町のお殿様。 忠臣蔵では、ずいぶん悪者に描かれているけれど 地元では善政を敷いた名君と言われています。
吉良家六代の方々のお墓があります。 「個人のお寺なんで、檀家さんはいないんだょ」と、 案内役の小さいおばぁちゃんが教えてくれた。 赤馬さん 吉良上野介こと、吉良家17代目吉良義央サマ 地元では今でも「赤馬さん」とも呼ばれてるそうです。 「赤馬って、なんですか?」 「赤馬ってのは、農耕馬じゃよ。いわゆる駄馬ってやつだわ。 お輿やお殿様の乗る馬じゃなく、赤馬さんは吉良へ来なさると 駄馬に乗り換えて、領民に声を掛けて廻らんさったんらぁ」 この中に、あの有名な吉良サマの木造が納められてるんやね・・ 吉良サマも眺められたと言い伝わるお庭は、 程よい緊張感のある、とても落ち着く感じのお庭でした。 小さくて可愛いおばぁちゃん、2時間もお話聞かせてくれてありがとう。 真実は分かんない。 けれど、地元では今も慕われているお殿様だってことは すごく伝わって来ました(^-^) −黄金堤− 吉良サマが築いた堤防のおかげで、 黄金色に輝く稲穂が実るようになったとか。 「やぁ、やぁ♪」 こんな風に領地を廻られてた・・と思えばロマンですね。 桜の時季はキレイやろなぁ♪ 一緒に行った、三河出身のお姉さま 彼女の茶道はは宗偏流。 そう、吉良邸への討ち入りの日にちの決め手は 山田宗偏から漏れた「12月14日に吉良邸で茶会」の情報 「随分のちの世まで、吉良には宗偏流の支部がなかったのよ」言ってました。 真偽はともかく、リアル地元話って楽しいデス♪
|



