|
先日の熊本旅行で、会社にお土産買いました。 巾着「熊本行って来た。お土産だよー。」 「お!くまモン?」 「くまモンですか?」 「くまモン、くまモン♪」 の、声の中・・・・ 「ごめん、清正公せんべい・・・ 箱が欲しかったモンで・・・(-"-)」 −とても恥ずかしかったッス−
お−!何かクリックした記憶があるぞー! 「レクサスで、ランチとアクティビティに行ってこーい!」な企画。 ランチとアクティビティを、何にするか選びに来るよう書いてあるょ。 わー・・・・平日のみかぁ・・・
お一人様のみなのかなぁ・・・ 緊張するなぁ・・どうしよう・・ |
全体表示
[ リスト | 詳細 ]
|
熊本記事、最後のお話。 熊本城を築いた加藤清正サマ。 熊本城だけでなく、今も熊本に眠る、清正公のお墓参りと併せての熊本旅行でした。 名古屋出身だと思うと、身近に感じてしまいます。 趣きのある、急な参道を登った上に・・・ (登ってないよ、タクシーで行った)
ちゃーーんと二つの家紋。テンション上がるぅ♪ 加藤清正公は、1588年肥後半国の領主として入部されてより 熊本城や治水土木に多くの功績を残され 現在の熊本の基礎を築かれた。 1611年、熊本城中で亡くなり 遺言により、熊本城に相対し 自身が築かれた熊本城の天守閣と同じ高さの地に葬られて浄池廟と称された この下に清正公が眠っておられるのですね・・・ で、さらに。 何段もある階段を登って行くと・・・ (登ってないよ、巾着母の脚が弱ってきてるモン) 「じゃーーーん!」 パンフレットとかで見るやつ♪ どれくらいデカイかってーと・・これくらい。 きっと今も、熊本の街を見おろしているんやねー。 帰りに熊本名物「太平燕」食べました。 麺ではなく、春雨なんやー。美味しかった(*^-^*) |
|
熊本城、夜も行きました。すみません。 嬉しい事に、夜間開園期間中やったんデス 熊本城の特徴のひとつ、地下通路を通って天守閣へ 夜の忍び返しもカッコイイ( ≧∇≦) 大天守から見る熊本市街の夜景 「あぁ、あの辺かな・・・・」
「あの辺」でした。 新横浜らーめん博物館で食べて以来 本場で食べる熊本らーめんは、より一層美味しかった♪ お店の人が勧めてくれた「球磨焼酎」 「熊本は米なんですよ」と、教えてくれました。 めっちゃ飲みやすかったぞー! 熊本城、次はいつ行こう・・・・ |
「過剰なまでの、守りのクオリティ!」 一枚目の建物をもって城と言うのではなく これはあくまで「天守閣」 櫓に門、お堀に居住空間にいたるまで 全てを含めて「城」と言うのは言うまでもないのですが 大天守と小天守 49の櫓、18の櫓門 29の城門に120の井戸を備えていたのが熊本城 石垣、現存・復元された建物を見るだけでも、すごい迫力でした (※画像はイメージです) そして、熊本城と言えば「武者返し」の石垣 このキレイな曲線が、上って来ようとする「武者を返して」しまうんです! ・・・って、意味だよね? 但し熊本城の強固さが実証されたのは、270年の後の幕末。 あの西郷隆盛サマを以て「政府軍に負けたのではなく、清正公に負けた」と言わしめたとか 心配性の清正サマ、熊本城の工夫は諸々あれど とにかく美しくて、かっこよかったッス( ̄▽ ̄)/ 復元された本丸御殿の目玉「招君の間」 敢えて「あの謂れ」を想いながら見ると、格別でした・・・クスン。 おもてなし武将隊もおったよ。 加藤清正サマと飯田覚兵衛サマ。 名古屋の新・おもてなし武将隊よりかっこいいな(-"-) 最前列に張り切って構えてた、小さな小さな男の子。 覚「どこから来たのじゃ?」の質問に 大きな声で「遠江!!」と答えてたのが可愛かったなー(笑) 覚「静岡と言え」言われてました(笑) 武蔵さんもおったよ・・・弱そう!? 見どころ満載過ぎて、書ききれないーーーーーー! けど、これだけは探して見つけた。「二様の石垣」 加藤家から細川家(元首相のご先祖様)になってから まさかの石垣増築作戦の名残デス 「狭い!不便!」とお困りの細川様、 これで本丸御殿(お家)の敷地が7m延びたとか。よかったね。 しかしながら細川サマ、 増築しても結局、住まなかったそうですね・・ 熊本城、次はいつ行こう・・・・ |
|
−今年はこれが、最初で最後のお花見になると思う− やっと念願の熊本城へ行ってきました♪ 熊本は快晴! 熊本市街は、初夏のような陽気でした ランチバイキングの紅茶のムースにも「くまモン」 お土産に買ったキャンディ・・・・怖っ! くまモンて、耳がないだけでこんなんなんや・・(-"-) ホテルのお部屋からの熊本城も、サイコーでしたd(´▽`*) 清正2DAYSレポ、始まりマス。
|



