−まずは、自分の中で一番のトピックから− いま、九州は「ふっこう割」なるものが盛んですが 昨年度は全国的に「ふるさとクーポン」が話題になってました。 私も随分お世話になりましたが その中でタイミングよく「へし切長谷部」を見に行くことができました
ひゃー、立派だー。初めて来たー! 「信長公所持、御茶道観内と申者御敵對仕候事有之、御手討に成さる、 御膳棚の下へ隠れけるを、へし切に成され候故名付大切物なり、 羽柴筑前守と奉申時秀吉公より被進黒田長政殿拝領国重なり」 難し・・・(-"-) 要は、信長サマお気に入りのめっさよく切れる刀が黒田官兵衛に下賜されて 福岡黒田藩所有となって現在に至るって感じ。 ほとんど女子ばかり20人くらい並んどる・・・なんで??
いやいやいや・・・ 生アップで見たらスゲかったー! でも・・・・ ワタクシなぜか、こちらの方が眼も心も持ってかれました。
酒は飲め〜飲め 飲むぅならば〜♪ 福島正則サマ 母里太兵衛サマ 由緒などいちいち説明はいたしませぬ・・ 敢えて載せていませんが、持ち手の部分の螺鈿細工といい・・・かっこええ・・ ・・・もぅ、本物を見に来てください(  ̄― ̄)ノ はて・・・? こんなことがあったんですねー。 会社の二次元ちゃんに聞いたら 「巾着さん、それは刀剣乱舞ってのが流行ってるんですよー」 だそうです・・・なるほど、女子率高いワケか・・・。 ふぅぅぅん・・・と思いながら巾着 中州の一蘭さんの本店(本社?)にて 遅ればせながら「味集中カウンター」なるものを初体験してまいりました ウマ・・・♪ オマケ お部屋が広くてありがたかったけれど、怖かったッス(-"-) 名古屋⇔福岡
往復飛行機と二泊(食事なし)の宿つきで15000円ほどでした。 ありがとうございます<(_ _)> |
史跡:歴史・伝説
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入院してました。 体内に「悪いかもしれないモン」が見つかって、手術入院。 結果は「悪いモンじゃなかったよー」でした。 もー・・・せんでよかったやん!意識のあるままの手術、怖かったのにぃ。 でも、世間から隔離された病院内は 食事もおいしく快適快適♪ そして何より 名古屋城の少し北にあるこの病院は 織田信長のじぃ、平手政秀サマのお屋敷でした。 隣の公園内には碑があるよ。 「じぃの切腹の怖さに比べたらっ!」 手術中、気持ちを支えてくれたのはじぃと オペ室勤務の友人看護婦でした。ありがとー! 退院後、少し元気になってから手を併せに行きました。 勤務先からも近いこの場所は いつも私の心の拠り所。 この度もありがとうございました。 そして、また少し元気になったので 「退院祝い♪」と、誘ってくれた同僚とランチ 祝われる方でなく、祝う方の彼女だけ シャンパンとワイン飲んでました・・イイケド(^-^ゞ ランチついで(?)に、ひとつお寺も。 諌死したじぃを弔うため、信長サマがつくったお寺。 あ・・お墓はココにないんかいっ! 禅寺ってキレイですよね 心洗われました。ありがとう。 さて、来月に入るともう一つの検査結果が。
コレって退院祝い、フライングですか?(-"-) |
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明治天皇は、京の都から東京へ遷られる時に いったん、京都より西にある大阪堺の神社で三週間近くも祈祷されたらしい
古くから遠方へ出かける時、その方向がよくない場合に、 一度別方向に向かってから出かける風習がありました。 陰陽道から来ていて、平安時代の盛んに行われていたハズ・・・たしか。 現在の堺市、三国ヶ丘にある「方違神社(ほうちがいじんじゃ)」は 「堺」の名の通り、河内・和泉・摂津三国の境にある清地。 仁徳天皇陵(大仙陵)の近くだょ。 今でも引っ越しや遠くへの旅行の厄除けで、訪れる人も多いんだって。 東京遷都の当時、近郷の人々は 「そんな長い間祈祷せなアカンとこなら、行かんでええやん」と呟いてたとか。 「手水で遊ばないで下さい」て書いてた。 こんな姿になっちゃって・・・堺、治安悪いんですか?(-"-) さて、方違神社を出てすぐに、こんな看板を発見! なんか。面白そうなスポット見つけたかも・・・♪
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その昔、伊勢の大神に仕えた皇女たちがいた 聖なる女性 人は彼女たちを「斎王」と呼び 歴史は平安時代を中心に六十余人の名を刻む
伊勢神宮のある伊勢市と、松阪市の間くらいに位置する町。 むかしむかし。 まだ都が奈良にあった時代から 天皇に代わって伊勢神宮の天照大神に仕えるために 未婚の皇族女性が選ばれ、ここ斎宮に身を置きました。 昭和45年に始まった発掘調査によって 「幻の宮」とされてきた斎宮の解明が進んでいるそうで その敷地の一部に、博物館があるんです 立派な博物館は、斎王のことをよく知らない巾着母娘でも 詳しくわかるような、素晴らしいトコでした はるか南北朝の時代まで 天皇が即位すると、未婚の内親王は このように都を出ます 葱華輦(そうかれん)という輿に乗り 都から甲賀(滋賀県)、鈴鹿(三重県)など5泊6日の行程で来られたそうです 斎王は決められた年に3回の伊勢神宮へ赴く他は 520人もの人が働く斎宮の中で 都と変わらぬ暮らしをされてたとか むかしむかしの宮中の神秘のしきたり 情報源はコレ・・・・内田先生、最近よくお世話になります(-"-) ところで明和町のお隣、多気町は伊勢芋の産地 高速のインター付近で、こんなお店見つけました♪ とろろ料理って、やっぱり美味しいなー( ̄▽ ̄)/ |
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岐阜県と長野県の県境に近い、岐阜県恵那市 山深いここにある岩村城は、三大山城の一つ。 由緒ある、とてもとても古い時代からあった城。 美濃遠山氏は、分かれ分かれて遠山の金さんにまで行き着きます。 標高717mに築かれたお城は 江戸諸藩の府城の中でも最も高い所に建つお城だったそうです。 戦国時代に起こった、悲哀の女城主のお話。 名はおつやの方。織田信長の叔母で美しい人であったとか。 織田方と武田方の境目のこのお城。 織田(信長)方でありながら、家臣・領民のために武田(信玄)方の武将と結婚するも 信長の怒りはおさまらず、 最後はだまし討ちのかたちで、逆さ磔の刑にされたとか。 信長サマの非道伝説の一つデス。 三大山城のひとつ、岩村城の全容。 なだらかなれども30分の山登りが、今まで巾着が来なかった理由。 うんちくはさておき、 初夏の岩村城の雰囲気が伝わる、ジオラマモードで 登城トレッキングをお楽しみください ゴーーーール!! 信長サマも、本能寺の変の80日前に泊まられたとか。 軽く山を登った後の帰り道に見た 田園風景、キレイかったー。 さぁ、お風呂お風呂♪ 岩村城址、すごくいいトコでした。 いつか紅葉の時季に来てみたいなぁ・・・ |


