育児から学ぶ〜It's my Life〜

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宗教・哲学・心理学・脳科学

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特定の宗教を信仰しているわけではありませんが、色々と本を読んだり、教会や寺院に顔を出したりするうちに確立してきた自分なりの哲学、宗教観などを書き綴っています。現在は主婦業の傍ら、放送大学で心理学の勉強をしています。脳科学にも興味があります。
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脳に関して色々ネットで検索していたら、川島隆太教授の講演か何かの原稿のようなものを見つけましたので下に貼り付けておきます。

少し長いですが、口語で脳の色々なことがわかりやすく書かれていますので、

ご興味のある方はぜひ参考にしてみてください。



あ、そういえば川島教授の書かれたものを少しですが、これまで読んでみた中で、

ふと思ったことなのですが、主に前頭前野を鍛えることに焦点が当てられていて、

前頭葉の運動野のこととの関連や体全体のこと、集団で遊ぶことなどについては

あまり詳しくは触れられていない、というか脳を鍛えることだけが大きくクローズアップされて、

その他のことの影が薄くなっている気がします。(ニンテンドーDSの影響もある??)

まあ、研究対象が主に前頭前野なので仕方がないといえばそうなのですが、脳だけを鍛えればいいって

ものではありませんから、そこのところを誤解してはいけません。


先日の転載記事にあったように前頭前野と運動野との回路も重要です。

川島教授が推奨されている「読み(音読)、書き、簡単な計算」も大事ですが、脳だけでなく、

体全体(五感)を使って体験して学ぶということも忘れてはならない大切な要素ですので、

偏りのないバランスのよい発達のためには仲間と群れて外で遊ぶ、

ということは子どもの時期には特に大事だと思われます。
(他にも運動と鬱とセロトニンの関係とか、大人にとっても運動は大事な要素です。)
先日転載させていただいた記事に前頭葉のことが書かれてあり、

以前買ったNHKテキスト「知るを楽しむ この人この世界 〜脳を鍛える〜 川島隆太」

に書かれていたことを思い出しました。

このテキストには比較的最近わかってきた脳に関することなどが

分かりやすく書かれてあり、面白かったので、大切にとってあります。

このテキストを参考に前頭前野について面白いな、と思ったことなどを書いてみます。


この記事のタイトルは『前頭前野(前頭葉)の重要性』と(カッコ)付にしましたが、

始めに前頭葉と前頭前野の違いについて説明しておきますね。


前頭葉から運動野を除いた部分が前頭前野と呼ばれますので、

前頭葉=前頭前野ではなく、前頭葉>前頭前野(前頭前野は前頭葉に含まれる部分)である

ということです。

(前頭葉 = 前頭前野 + 運動野 ともいえますね。) 
    



次に、前頭前野の機能を簡単に書き出しますと・・・

思考、創造、コミュニケーション、意思の決定、情動の制御、行動の抑制、記憶のコントロール、

意識・注意の集中、注意の分散・・・などです。
    


人間の脳は体重の割りに重たく、体重に対する脳の重量の比を出すと、動物の中で一番重たいそうです。

そして、人間の脳はほかの動物と比べ、前頭葉が不釣合いなくらい大きいのだそうです。

前頭葉は運動を支配している運動野と前頭前野に分かれていますが、

中でも前頭前野が非常に大きく発達していて、人間の大脳に占める前頭前野の割合は30%以上にもなるそうです。

チンパンジーやボノボなどの類人猿の脳は、前頭野が大脳に占める割合は7〜10%程度で、

ニホンザルなどは5〜7%しかなく、そのほかの動物は問題にならないほどわずかだそうです。

つまり、われわれ人間にだけ特別に発達した脳が、前頭前野という領域なのだそうです。

ヒトは、この前頭前野を発達させることで生き残ってきたのではないかと考えられるのではないか、

ということです。



最近では色々な機械を使って、脳機能イメージング研究が行われていて、前頭前野の役割がどんどんみえてきているそうです。(先に述べた前頭前野の機能参照)


テキストの第3回「脳を知る〜前頭前野の重要性のところに、「脳科学の先人の偉業と負の遺産」

についての記述がありました。


19世紀中ごろまで(テキストには確かに19世紀とあるのですが、おそらく20世紀の間違いでしょう)
脳の中の前頭前野は、「何もしていない場所」「沈黙の部分」と認識されていたそうです。

手術で脳の一部を切り取ったり壊したりすると、他の部分だときわめて激烈な障害が起こるのに、

前頭前野の場合は、見た目にはひどい障害が起こらなかったからだそうです。

ところが、フィネアス・ゲージというきわめて温厚な紳士だったというアメリカ人が、

1948年、ダイナマイトの爆発事故にあった際、金属の棒が飛んできて、左目の付近に刺さり、

右の前頭葉を突き抜けるという重大な事故に見舞われてしまいました。

幸い手術が成功して命は取りとめましたが、その結果、この温厚な紳士が、

ものすごく切れやすい凶暴で暴力的な男に変わってしまったそうです。

このゲージの例から、前頭前野にはどうやら人の性格をコントロールしている場所があるにちがいない、

ということが予測できたのです。


もう一つ、興味深いことが書かれていましたので、要約しますと、

1935年に、ポルトガルのエガス・モニスという神経科の医師が「ロボトミー」という手術を発明したそうです。

彼は前頭前野の両側を少し壊せば暴力性がおさまるということを発見しました。

その手術には、暴力症状が完全におさまり、ヒツジのように大人しくなるという劇的な効果があり、

モニスはこの発見で1949年にノーべル医学・生理学賞を受賞し、1950年代から十数年の間に

ロボトミーは全世界で行われていました。

ところがロボトミーはその後、全く行われなくなったそうです。

きっかけは、この手術を受けた人たちに、

自分の心の現在と過去、つまり手術の前後がつながらない、という症状がでたからだそうです。

彼らは、自分自身がどんな生い立ちでどんな環境に育ったかという客観的事実はわかっても、

その自分と今ここにいる自分は別人であると感じるようになっていたそうです。

そこから、この手術はどうも私たちが「心」と呼んでいるものを破壊してしまうのではないか、

という非難の声が上がり、「大切なものを失ってしまう」とう理由から、禁止されるようになったそうです。



以上、簡単ではありますが、前頭前野の働きや重要性がお分かりになったでしょうか?

また、そのときには画期的な方法でも後になって誤りであった(見落とされている部分があった)

ということもロボトミーの手術の例に限らずありますよね。


脳の研究は今現在も盛んに行われており、これから色々わかってくるのではないかと思いますが、

かつての定説のようなものが覆されていることも多々あり、

世間一般で言われていることが真実でないこともあり、鵜呑みにはできないところがあります。
(ある意味では正しいけれど、厳密には違っている場合も多々あります。)

専門家といえども全てに精通しているわけではありません。

中には間違った情報が混じっている可能性だってあります。

もっとも一番重要な部分について間違っていればお話になりませんが・・・。


この分野に限りませんが、自分にとって本当に大切で、必要な情報は、最新の研究はどうなっているのか

情報の真偽を確かめたり、一面からだけでなく、多面的、総合的に考えて判断する必要がある、と思います。
(逆にいえばそう重要でない知識についてはそう神経質である必要はないかも・・・。
間違いがわかればその都度訂正していけばいいだけの話ですから。)

ただ、印刷物とかテレビとか不特定多数の人にアピールするものについては極力誤解のないように

正しい情報を提供してもらいたいとは思います。読者、視聴者としても妄信しないことも大事ですね。


またもう一つ忘れてはいけない重要なことは、自分が解釈違いをしていないか確かめることです。

思い込みが間違いを生みます。

文章をよく読み、行間を読んだり、意図を汲み取る、どの点が重要なのか要点を捉えることも大事ですね。

色々な考え方

放送大学『カウンセリング概説』のテキストを読んでいて思ったことを書きます。


「過去の出来事が人の心理現象に大きな影響を及ぼすと考えたフロイトに対して、

ロジャースはこのような心的決定論に反対し、人は自らの生の様式を選択し、

創造していく主体的な自己実現傾向を持つと主張する。治療者は、この自己実現を

援助し、潜在能力を最大限に発揮できるように、過去ではなくて「いま、ここ」での直接的経験と、

治療者と患者の人間的出会いとの関係性を大切にしなければならないという。」
とありました。


私個人としての感想は、ここでのフロイトとロジャースの主張は両方真実ではないか、と思います。

ただ、人生のどのステージにいるかで心理状況は変わってくるものだ、と思います。

過去の出来事だけが心理現象に影響を及ぼしている、とは言い切れないと思いますが、

反対に、過去の出来事が心理現象に全く影響を及ぼしていないとは言い切れない、と思います。

ロジャースのいう、「人は自らの生の様式を選択し、想像していく主体的な自己実現傾向を持つ」

ということも真実だと思いますが、相(あい)対する考え方ではないし、

絶対的にどちらが間違っていてどちらが正しい、というものではないと考えます。

立場が違うと、時々考え方が対立して大きな論争になったり、

時には感情的に対立してしまったりもしますが、

多次元的に考えると、どちらの主張もあながち間違ってはいないし、

人によって、ライフステージによって、または文化の違いなどによって一概には言えないことが多いと思います。

心理学の難しいところは、客観的であって理論的であっても、なかなか実証が難しく、

ある程度の法則性や傾向は認められても例外も多い、というところだという個人的な印象です。


まだ議論の途中だったり、発展途中の学問であるところに心理学の面白さがありますが、

絶対的な正解を求める人には科学と認めてもらえなかったり結構偏見の目で見られている感じもします。


例外が多いとはいえ、人間の心理現象にある程度法則性や普遍性があることは事実だと思います。

不確実要素が多く、多様性があるからこそ、面白みもあって研究のし甲斐もあるというもので、

安易に否定、排除するのではなく、可能性を検討してみることから違う視点に気づいたり、

違った形での打開策が見えてくる場合もあるのではないか、と思います。

コンプレックス

コンプレックスについて

この言葉を知らない方はほとんどいないと思われます。

この「コンプレックス」という表現、

ユングは初期の「言語連想実験」の経験から使うそうになったそうですが、

皆さんはどういう風に「コンプレックス」を理解されているでしょうか?



放送大学のユング心理学のテキストに


日本語でコンプレックスという場合、今でも、「劣等感コンプレックス」の意味で使用されていることがあるが、

劣等感コンプレックスは、無数のコンプレックスの中の一つに過ぎないということは指摘しておかねばならない。  


コンプレックスとは'''「強力な感情を伴った心理的な渦」'''とでも表現できるであろう。  
  
とあります。


また、


人の心の「無意識」には、「お金」「倹約」といった事柄・テーマ・モティーフに関して、

強力な感情を伴った多くの心理的傷、思い出、複雑な体験が文字通りに「渦」巻いていて、

この「渦」に触れるような出来事に出会うと、この「渦」が活性化して、

日頃の「意識」や通常の「私」のコントロールの及ばない反応が生じてしまうといったらよいだろうか。


(中略)


コンプレックスというのは無数にある。

大気中にはどこかに「前線」や「乱気流」があるように、

心の意識の中には、様々のコンプレックスが存在している。

人間が生きていく以上、その人の秩序づけられた「意識体系」には収めにくい

「生活史上の苦い経験やら心理的傷」というものは不可避のものであって、それらは多くの場合、

無意識の中で「心理的渦」や「心理的乱気流」として存在し続けることになる。

「渦」はその内容に対する外界の事象を引き寄せる傾向を持つので、

刺激し合う事象との遭遇をもふまえ、

その「遭遇」がまた「傷」となって、「渦」は次第に「大型で強い勢力を持った台風」にまで成長することもあるであろう。
ともあります。



コンプレックス=劣等感ではなく、   コンプレックス≧劣等感

のイメージでしょうか。



繰り返しますが、コンプレックスとは「強力な感情を伴った心理的な渦」であり、

無数に存在します。



自分や他の人のコンプレックスを理解することは

「心理的な渦」を刺激しすぎず、小さな「渦」を「大型で強い勢力を持った台風」にまで成長させない

ことに役立つと思います。

また自分のコンプレックスに気づくことで、自分でも「意識」や通常の「私」のコントロールが及ばない

反応が生じてしまうことを回避することができると思います。

時には相手に気づいて成長してもらいたくて、意図的に、あるいは無意識に相手のコンプレックスを刺激してしまうこともあるかもしれませんが、

一歩間違えれば大変なことになることは充分承知しておかなければいけないかもしれませんね(笑)。

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 初めて放送大学図書館で本を借りました。

 ユング心理学の教科書に載っていたので興味を惹かれ読んでみました。

 総編集は河合隼雄先生ですが、河合俊雄、山中康裕、岩宮恵子、川戸まどか(漢字が出ません;口の中に員です)

 [対談]中沢新一 + 河合隼雄 です。


 心理療法講座なのでまあ専門書といえばそうなのですが、書いてあることはそう難しくなく、

なかなか興味深くて面白かったです。

 イニシエーションとは簡単に言えば「通過儀礼」のことなのですが、

結構意味深くて色々な捉え方があり、ここには書ききれませんので、興味のある方は読まれてみてください。



 私も中で ”ズン” ときたのは、

全ての人にイニシエーションが必要なのではなく、それを望まない人には無理に通過儀礼を経ることを

強要したり期待してはいけないのではないか、という疑問です。

この本にはっきりとした答えが書かれていたわけでもなく、ケースバイケースで何ともいえないところがありますが、

人は他人につい色々なことを期待してしまいますよね。

例えば大人になって自立するのは当然、とか。

でも現在の日本でそれができていない人も多く存在し、ニートや引きこもりなどとして

社会問題にもなっていますが、それでも生きていけているのですよね。

それが問題といえば問題でもありますが・・・。

実際、経済的に自立しているように見える大人でも、精神的に本当に自立しているのかといえば

これも怪しい。

となると、自立、という意味合いそのものの定義も怪しくなってくる・・・。



 ちょっと最後の方は私見が入ってしまいましたが、人によってイニシエーションの時期も方法も

意味も違ってくるのですよね。

それに人為的なイニシエーションによらず、病気などがイニシエーションになることも。。。

病気については川戸まどかさんの章にご本人の癌の闘病体験とその心理状態が書かれていますので、

そちらが参考になるかと思います。



 ユング心理学の教科書にも第12回の大場登教授の記述に「身体」と「心理」の捉え方について、

「人間の『身体』も、『部分』だけ見られても、あるいは、『部分』にだけ治療を施されても、

実は、長期的には、いわゆる再発を繰り返す、換言すれば、本当の『癒し』は生じないことも

次第に理解されつつある。」


 「『胃潰瘍』の治療に『外科的治療』あるいは、さらに『内科的治療』だけを試みても、

その患者の生き方・職場や家庭でのストレス・対人関係上の心理的傾向といった『人間全体』

を見ない限り、患者の身体は『胃潰瘍』を生み出し続けるということも、

少なくとも理論的には理解されるようになりつつある。」とあります。


 人生の色々なことがイニシエーションとなり、それを乗り越えていくことの困難さを改めて認識しました。

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